創業120周年目を迎える
アサヒ印刷の創業は、分社化する前の 1907年(明治40年) が起点と伝えられています。
自社の歴史を調べた際に聞いたところによると、私の祖父・茨木治三郎が1907年(明治40年)に誕生した頃、マッチ箱の内職作業を行ったことが創業の始まりだったそうです。
当時、マッチは生活必需品であり、かまどに火をつけたり、お風呂を薪で沸かしたりする際に欠かせないものでした。そのため、人々はお金を払ってマッチを買い求めていたと言います。
■創業からアサヒ印刷設立まで
昭和34年(1959年) 現在地に工場移転。経木小箱のほか、紙器製造機を設置
明治40年(1907年) マッチ箱の組み立てを主として創業
昭和 8年(1933年) 茨木治三郎によりマッチ箱の製造を開始(現・株式会社いばらき)
昭和28年(1953年) 合資会社茨木商店を設立

経木箱を製造する機械

最後に機械を回した時に撮影したもの 右が茨木治三郎
昭和38年(1963年) 紙器部門の拡大に伴い、茨木紙器株式会社へ改組
昭和41年(1966年) 印刷機械を設置
大まかには、以上がアサヒ印刷設立前までの歴史となります。
第二次世界大戦中には、茨木治三郎が戦地に赴くなどさまざまな困難がありましたが、事業は家族によって守られてきました。
終戦後、茨木治三郎はシベリアで捕虜となり、帰国までに約2年を要したと聞いています。
戦後の復興とともに販路は徐々に拡大していきました。
昭和41年の印刷機設置が、後のアサヒ印刷設立の大きなきっかけになります。
当時の印刷といえば、広告マッチが盛んで、全国各地の喫茶店や旅館、銀行などがノベルティとして広告マッチを制作していました。
その印刷需要を大きな柱として事業は成長していきます。
その後、私の叔父が株式会社いばらきを継承し、印刷部門を担当していた私の父・茨木智が、アサヒ印刷株式会社を設立することになります。


